沖縄の野菜には抗酸化物質が多い

B群は普段通りの食事を続け、四週間後にA群とB群はその役割を交代した。このとき、等々力氏は次のように言った。「何を食べてもいいですよ。ただし、私たちがお渡しした食事から食べてください。その後なら何を食べてもいい」その結果、驚くべきことがわかったのである。伝統野菜を四週間食べ続けた人は、尿中のビタミンCが増えてナトリウムが減り、血圧収縮期で平均値を下回った。これは驚異的な数字だ。「沖縄の伝統野菜には単位重量当たりのカリウムが多く、料理にはカツオ節をたくさん使います。カツオ節は塩分の摂取量を抑えるという減塩効果があります。つまり、血圧が下がったのはカリウムを多く摂取し、塩分が少なかったからなのです」さらに体重も〇・九に昭減り、ダイエット効果もあった。これはその後の研究で日本人に対してもほぼ同じ結果が得られたという。

等々力准教授はこの研究から、「沖縄の伝統食は、アメリカの心臓病学会などが推薦している健康食の『DASH食』に近い」ことがわかったという。つまり、沖縄料理そのものが健康食だったのだ。沖縄の伝統食にはエネルギーやナトリウムの摂取が低く、カリウムマグネシウム、ビタミンC、葉酸が多いという。カリウムは先に述べたように血圧を下げ、ビタミンCには抗酸化作用がある。抗酸化作用とは、体内に発生した活性酸素を除去する作用のことだ。活性酸素生活習慣病や老化を招く原因物質である。ちなみにビタミンCは、ゴーヤ、パパイヤ、ヨモギ、イーチョーバ、サクナ、ニガナなどに多い。

葉酸は胎児の正常な発育に関係していることははっきりしているが、最近では心臓病などの循環器疾患のリスクを下げると言われている。比較的多いのは、ゴーヤ、ナーベーラーヨモギ、イーチョーバー、ハンダマ、ニガナなどだ。沖縄の伝統野菜には抗酸化物質が多く、老化やガンの一因と言われるフリープシカルの発生を抑える作用があるという報告がある。抗酸化物質にはビタミンCのほか、ビタミンE、ポリフェノールカテキンなどが知られるが、サクナはポリフェノールが異常に高く、ハンダマのような紫色の野菜にはポリフェノールの一種であるアントシアニンを多く含む。

沖縄の野菜に抗酸化物質が多いのは、本土に比べ紫外線の量が多い(気象庁のデータでは札幌の約二倍)からだろう。動物のように動けない植物は、抗酸化物質を増やすことで自分の体を紫外線から守っているのである。ここで注意したいのは、「ある種の栄養素が高いからといって一種類の野菜を食べるというのはサプリメントと同じで効果が薄く、むしろ、適切な食材と料理の組み合わせの方が健康改善につながる」(等々力氏)という。食事は組み合わせてこそクスイムンなのである。それに、沖縄の伝統野菜にカリウムや抗酸化物質が多いからといって、他の野菜と比較しても特別に多く含まれているわけではない。それでも沖縄料理で血圧が下がったのは、「沖縄の伝統料理には和食と比較して塩分が少なく比較的野菜が多く使われ、必然的にナトリウム摂取が少なくカリウムなどの摂取量が多くなる」(等々力氏)からなのだ。

沖縄には元気なオバアやオジイが多いのは、日常的に伝統野菜をたくさん食べているからである。意外に病院で寝たきりの人が多い。沖縄には「クスイムン」という思想が庶民の生活の中に定着していて、そのうえ沖縄野菜にはカリウムや抗酸化物質が多く、日常的にこれらを食べていれば長生きするのは当然だというのはよくわかる。実際に、観光で沖縄を訪れても、元気なお年寄りたちを目にする機会があるのもたしかだ。私かナツコという女性を知ったとき、本気で取材ができるとは思えなかった。なぜなら、『ナツコ』の物語は終戦直後であり、当時のナツコを知る人となれば、たとえば終戦直後に二〇歳としても、八〇歳前後の人たちから話を聞かなければならないからである。