年俸制の長所と短所

年俸制という言葉を聞いてまず思い浮かべるのは、プロ野球選手の契約更改シーンかもしれない。成績がよければ年俸は上がるが、逆なら情け容赦なく下がる。実力最優先の厳しい世界だが、それに比べればサラリーマンは楽である。社業の貢献度はほどほどであっても、給料が下がることはまずない。過去の実績や年功が加味され、毎年いくらかでも昇給がある。それゆえ、もし下がりでもしたらショックである。しかし、これからは必ず上がると安心もしていられない。管理職を中心に、年俸制を導入する会社が出始めたのである。

東京ガスが部長以上の管理職一四〇人を対象に年俸制を導入したのは、一九九〇年七月からである。その目的は、大きく分けて三つある。まず第一に、前年度の業績によって収入を決めることで業績主義を鮮明にする。第二に、勤続年数・年齢といった年功的要素や家族状況などをいっさい考慮せず査定を行うことで能力主義の徹底を図る。第三に、部長クラスに経営陣の一員としての自覚を促すことである。年俸は、月俸こ一ヵ月分と年に二回の賞与で構成される。月俸は社内資格によって一定額が決まっており、年俸の七割を占めるこの分は査定の対象にはしていない。言ってみれば少々働きが悪かろうと、月俸分は変わらないのである。

成績によって揺れ動くのは賞与の分だ。評価は五ランクに分かれ、最上位者と最下位の人とでは、年間に二〇〇万円の差が出る。もちろん導入前も部長クラスは厳しい査定の対象になっていたが、その格差は年に九〇万円くらいだったというから、導入後はいかに能力主義の徹底が図られたかがうかがえる。業績の査定は、毎年三月下旬から四月にかけて行われる。前年四月から査定実施年の三月までの仕事実績や、これから一年間の業務計画等に関する資料を前に、役員から細かなチェックを受けるのは、けっこう緊張するらしい。「あの仕事はうまく行かなかった」と思っていた点は必ず指摘されるから怖い、という人もいた。

結果は後で通知される。能力的には甲乙つけがたい集団でも、必ずランク付けが行われる点が厳しいところだ。藤沢薬品工業でも、一九九〇年度から年俸制を導入した。東京ガス同様、部長以上が対象である(以下同社の年俸制の仕組みについては、労務行政研究所『労政時報』一九九一年八月二日号を参照)。年俸の構成はやはり固定部分と変動部分からなり、変動部分の評価基準は、表に示すような具合である。年俸制を導入したことで、対象者に、よい意味での緊張感が生まれた、従来は給与の決定要素の基本になっていた「年功」が払拭され、それが若手社員の活性化につながった、自分の給料は自分の力で稼ぐという意識が強くなった、などの成果があったが、一方で問題点も出てきた。

業績をどう評価されるかがストレートに報酬に跳ね返るため、従来以上に公正な査定を行う必要があること、給料が下がるという厳しさは、まだ市民権を得ていないこと、などがそれである。こうした悩みは藤沢薬品工業に限らず、年俸制を導入する企業に共通のものであ悶いりる。年俸に占める固定給の比率が高いのも、業績によって年俸があまりダウンすることがないようにという配慮の結果だ。では減俸が実際行われるかといえば、横ばいというケースはあっても、それはきわめてまれなようである。マイナス査定は、日本のサラリーマンにはショックが大きすぎるのだ。米国のウォール街で働くホワイトカラーのように、上下幅が大きく動くことはまずない。その点、能力主義をうたい文句にしていながら、きわめて日本的なのである。結局、業績が悪ければ年俸が下がると厳しさを強調することで、緊張感や危機意識を管理職に持ってもらうことに、年俸制導入の一番の狙いがありそうだ。