細菌はコレラの原因になることはない

コレラ菌がなぜコレラ毒素によって下痢を起こすかが、自然に理解されるように思えないだろうか。そしてコレラ菌が大規模に子孫を遺すためには、コレラという病気を起こさないとうまくいかない、ということにはならないだろうか。少なくともコレラ菌は、ただ患者を殺すためというように、意味もなくコレラを起こすのではないことは納得できると思う。たとえば患者が死ねば、患者のあらゆる機能が停止し、コレラ菌は患者の提供してくれる好適な小腸粘膜という環境を利用することができなくなる。

コレラ菌が毒素を作らなければ、したがってコレラという病気を起こさなければ絶滅してしまうのか、ということである。実は川の水などの環境から、コレラ菌に非常によく似た細菌が見いだされる。これらの細菌は通常、コレラの原因になることはない。おそらくコレラ菌が毒素を作らなくなった場合には、このように自然環境の中で存続していくと考えられる。逆に、これらの細菌がコレラ毒素の遺伝子を獲得すればコレラを起こすようになり、病原体として子孫を大規模に遺すようになるだろう。大腸菌の中には、コレラ毒素によく似た毒素を作り、コレラそっくりの下痢を起こす特別な菌株があることが知られている。このような事実も、コレラ菌にとってコレラ毒素が、子孫を遺すために役立っていることを示唆していると考えられる。