日本人単身赴任駐在員の自殺トップは中国

神奈川トヨタ自動車では、新しい試みとして、部長や店長など管理職を集めて、「話の聴き方」講習会を開いた。講師の精神対話士の輿石邦彦さんは、「すぐ解答を出すとか、そんなこと間違っているとか、言うのではなくて、相談してきた人の言葉を一言も漏らさずにきちんと受け止めて、きちっと返してやる。これだけで、問題の半分は解決したと思ってもいい」と強調した。この講習会では、「寄り添うという感覚で徹底的にペースを合わせる」「オウム返しの相槌がとても大切である」などが説明された。

講習会に参加した店長の荒井秀俊さん(五二歳)は三ヵ月に一度、部下と一対一でじっくりと話を聞く時間を持つことにしていた。ある日は、転勤して間もないエンジニアや女性の事務職、営業職員など四人の話を聞いた。最後の中堅営業マンの話は、就業時間が過ぎた夜七時から始まり一〇時までの三時間も続いた。その社員は「うちの店の一番上の人間に直接、物申す。それこそストレス解消じゃないですか」と話す。一方、店長の荒井さんは「仲間同士で励まし合う。それがすごく重要。その積み重ねで、お客さまにも、この店いいね、気持ちがいいねと感じてもらえれば、売り上げアップにもつながる」と語った。

実際、この店では話し合いを始めてから、業績が伸びた。社員一人一人の幸せが、会社全体の幸せにつながることに、企業も気付き始めている。日本人単身赴任駐在員の自殺トップは中国。海外でも、日本人サラリーマンの心は病んでいた。特に、中国の単身赴任者の自殺が急増しているという。日本の海外駐在員の数は今や二三万人を超える。このうち中国は七・四万人と、第二位のアメリカの五・四万人を遥かにしのいでダントツの一位である。中国へ進出している日本企業の数は二万社以上と言われ、競争も激化している。そんななかで、中国は、日本人の自殺が海外でもっとも多い国となっていた(二〇〇四年、外務省調べ)。

上海安田化学品有限公司の責任者である深井史郎さん(五七歳)は、四年間ほど中国に単身赴任している。本社は、大阪にある化学品の専門商社で、深井さんは中国でのビジネスを取り仕切っているのだ。上海のオフィスは、住まいからバスで一五分。上海安田化学品有限公司に日本人は深井さんしかいない。残りのスタッフ八人は、全て現地採用の中国人だ。オフィスでは、コピーを自分でとる深井さんの姿があった。「スタッフに言っても、思ったようにコピーしてくれないから、自分でやった方が確か」深井さんは、言葉が上手く通じない部下に、コピーを頼むのが億劫なのだ。と、今度は中国人スタッフを集めての緊急会議を開いた。

「取引先の購買の人が、値上げは可能なので、その分を」と、日本語を話す中国人スタッフが報告する。取引先からバックマージンを要求されたのである。中国ではよくあること。何回断っても、同じような問題は起きてくる。日本とは、文化・習慣の違う中国。しかも言葉が上手く通じない。日本人は自分一人で相談相手もいない。本社に報告しても、現地の事情を理解されないこともある。ストレスがたまっている深井さんは、仕事が終わると、日本人向けの居酒屋に足を向けた。そこには、同じく単身赴任者で化学品の商社に勤めている仲間がいた。本来ならばライバルであるが、ここでは”同志”として話に花が咲く。ささやかなストレス解消だ。